体験型農園「名水湧く湧く農園」(秦野市)が開園5年目を迎える

神奈川県秦野市にある農家主体型の体験型農園「名水湧く湧く農園」が、今春で開園から5年目を迎え、区画数も初年度の47区画から90区画へと倍増するなど、順調な歩みを辿っている。筆者は、この農園の開園準備段階からJAはだのと連携して支援してきた経緯がある。

同農園は、利用者獲得に力を入れて区画数を増やしてきたことや、日頃からの利用者とのコミュニケーションを積み重ね、良好なコミュニティが形成されている等の点において、体験型農園の優良事例として、あらためて紹介したい。


1.農園の概要

農園の立地

秦野市は、神奈川県西部に位置し、人口は約16万人。市街化区域には約200haの農地があり、うち約100haが生産緑地である。

小田急線秦野駅から西南西へ1kmあまりの所に、体験型農園「名水湧く湧く農園」がある。市街化区域内ではあるが、周辺には農地が多く、北西方向には丹沢山地を望む田園的な景観にも恵まれ優れた環境にある。

秦野市内には環境省の「名水百選」にも選ばれた「秦野盆地湧水群」があり、農園敷地内にも自噴井があり、「名水湧く湧く農園」という名前の由来となっている。

農園開設の経緯

2015年から3か年に渡り、国土交通省による都市農地の保全・活用を目的とした調査の一環として体験型農園の開設に向けた取組みを行い、研修会や視察を通して農園開設の意向を示した和田礼子さんを園主候補者として開設準備を進め、2018年4月に開園に至った。

開園の経過について詳しくは、本誌2018年6月号(vol.279)において、開園間もない時点での農園の取組みとして紹介しているので、参照していただきたい。

農園の運営主体

同農園は、農家主体の自立型の運営で、園主家族3人で行っている。和田礼子さんが園主として代表を務め、開園と同時に息子の賢弥さんが就農して農園運営に参加し、さらに開園2年目からは公務員だった夫の俊雄さんが定年で退職して農園運営に加わった。

なお、JAはだのは、開設準備や施設設置費等の面で支援を行い、開設後においては、農業者に対する営農指導やJAの持つ媒体等を通した利用者募集等の支援を継続的に行っている。

《体験型農園「名水湧く湧く農園」の全景》
《農園利用者の作業風景》
《図表1 体験型農園「名水湧く湧く農園」の概要(開園時と現在)》
開園時(2018年度)現在(2022年度)
所在地・面積神奈川県秦野市平沢1080番地内
生産緑地約30a、宅地化農地約10a
開設・運営農家主体型(園主家族3人、園主:和田礼子)
栽培講習会年間15回×2回 or 3回年間12回×5回
栽培品目数・個人区画:20品目
・共同区画:3品目
・個人区画:30品目(コンパニオンプランツを含めて)
・共同区画:3品目
利用区画数(個人区画)・20m²×47区画・標準区画:20m²×72区画
・チャレンジ区画:20m²×10区画
・ハーフ区画:10m²×8区画
・合計:90区画
農園利用料金(年額・税込)・43,200円・標準区画:44,000円
・チャレンジ区画:44,000円
・ハーフ区画:33,000円
駐車場利用料金(税込)・年間利用:10,800円/年・都度利用:300円/回・年間利用:11,000円/年
・都度利用:300円/回
イベント・入園者交流会(春)
・お茶摘み、コケ玉づくり
・夏祭り
・収穫祭(秋)
・新年会
・共同区画作業
・夏祭り
・みかん狩り・シクラメン温室見学
・共同区画作業
施設・設備ビニールハウス、トイレ、水道(湧水利用)、休憩施設、駐車場

2.区画数の増加

利用区画数の増加

開園初年度は47区画の利用でスタートし、2年目は若干減ったものの、3年目、4年目と順調に利用者を増やし、5年目となった今年度は前年比28区画増の90区画と大幅に利用区画数を増やすことができた。

94%と非常に高いリピート率で昨年までの利用者の大半が継続利用したことに加えて、業者委託したチラシポスティングの配布数を大きく増やしたこと等によって、新規応募者が大幅に増えたことが利用区画数の増大につながった。

募集開始時の当初の予定では、最大でも79区画を想定していたが、その後予想を上回る応募数があったため、できるだけ入園希望者を受け入れようと、ハーフ区画の設置や共同区画の移設などを含めて区画割を工夫し、開園までに90区画まで増設した。

例えば東京都の練馬区の農業体験農園では100区画を超える農園も珍しくないが、練馬区と比べると秦野市にある当農園の立地条件として周辺世帯密度は低い。5km圏までを商圏とした試算でも、70~80区画あたりが目標値として適当だと筆者は見ていた。このような郊外部の立地で試算を上回る90区画に至ったことは、特筆すべきだろう(図表2)。

《図表2 利用区画数の推移》

利用者増に伴う自家用車による来園者増

当農園では専用駐車場を設置しているが、利用者が増えたことで自家用車での来園希望者も増え、駐車場の年間利用契約者数は、初年度の16名から今年度は32名と2倍となった。

さらに、年間契約者以外にも1回300円で都度利用も可としているため、駐車可能台数は契約台数以上に確保する必要もある。

専用駐車場は17台分のスペースがあるが、そこに入りきらない場合は園主の自宅敷地にも誘導し、詰めれば両方で最大30台近くまで可能と見ている。

距離別利用者の変化

農園利用者の住まいからの距離別(地図上で道路の最短距離計測)に2018年度と2022年度を比較してみると、2022年度は500m~1kmの圏域の利用者が大幅に増えている(10.6%→26.7%)。

ポスティングエリアを拡大したことで、徒歩・自転車圏の2km圏内の割合が68.1%から61.1%へと若干低くなった一方で、5km超の圏域が17.0%から21.1%へと若干高くなるなど、広域化の傾向が見られるものの、依然として6割以上が2km圏内の徒歩や自転車で来園可能な圏域からの利用であることは変わりない。

一方で、今年度は東京都杉並区や川崎市川崎区等、遠方からの新規申込もあった(図表3)。

《図表3 利用者の距離圏別比較》

自作地の縮小

昨年までは、体験型農園以外にも、自作で複数の野菜を作付けし、庭先直売やコンビニ店への出荷をしていたが、今年は多数の応募者を受け入れるために体験型農園のエリアを拡張したため、約30aの生産緑地は全て体験型農園用として使い、さらに宅地化農地の一部も共同区画として利用することとした。自作よりも体験型農園にした方が収益性や作業効率も高いと見ている(図表4)。

《図表4 区画割》

3.利用者獲得のための広告宣伝

初年度から多様な広告宣伝に取り組む
同農園では、開園初年度から利用者獲得のための様々な広告宣伝等に力を入れてきた。秦野市内に配布されるタウン誌に広告を2回掲載し、賢弥さん自ら約2,000枚のチラシのポスティングを行うなど、初年度は主にこの2つの方法による利用者獲得が多くを占めた。

その他、秦野市広報掲載や、農園のホームページとFacebookページを開設して募集案内を掲載した。
JAはだのでも、JAの広報誌やホームページ、准組合員向けにチラシ配布、JA施設等でのチラシやポスター設置等を通して、利用者募集を行った。
これらの多様な広告宣伝によって多数の応募があり、初年度から47区画が埋まった。

今年度は業者委託のポスティングによる大幅増加

2年度目以降も概ね同様の広告宣伝を継続したが、初年度よりは反応率が落ちたことから、チラシの配布部数を増やすよう努めたが、コストの問題から業者委託はせず、賢弥さんとその知人で手分けして配布していたが、配布部数には限界があった。

昨年、秦野市内を専門とするポスティング業者のチラシを見付け、その単価が3.6円/枚(税抜)と格安だったために今年度はその業者に委託することとし、昨年度と比べて3倍近くの枚数(昨年度約12,000枚⇒今年度33,700枚)を約13万円と低コストでポスティングを行うことができた。

その結果、今年度の新規応募者32名のうち、約8割がポスティングによるものだった。配布対象は、地域の実情に詳しいその業者と相談して、山間部等人口密度の低い配布効率の悪いエリアを除いた秦野市内のエリアとした。秦野市の一般世帯数は約7万世帯なので、50%近くをカバーしていることになる。

《図表5 募集チラシ》

効果の低かった広告宣伝方法の見直し

初年度からタウン誌に広告を出してきたが、2年度目以降の反応は鈍くなり、今年度も1回広告を出したが応募は1件にとどまった。

昨年はコロナ禍の追い風を期待して、秦野市外の近隣市までタウン誌広告の範囲を拡げたが、市外からの応募はほとんど無かった。

また、新聞折込チラシについても、比較的単価は低いものの、過去に実施した結果としては、そこからの応募は少なかった。

これらのコストがかかる広告については、効果が低いことから今後は実施しない考え。一方、効果は低いものの、JA広報や秦野市市報などの無料広告は今後も継続していく。

4.多様な利用者ニーズへの対応

ハーフ区画の新設

標準区画の20m²の面積で、かなり沢山の野菜が収穫できる。このことは、利用者にとってうれしい反面、一部の利用者にとっては“採れすぎて食べきれない”といった負担感にもなっている。

また、忙しい子育て世代や体力に自信の無い高齢者等一部の利用者にとっては、来園頻度や作業負担などにおいて、より気軽に利用したいといったニーズもある。

これらのライトユーザーのニーズに応えて、今年度から面積が半分の10m²の「ハーフ区画」を、1区画1畝方式の区画として8区画用意した。栽培品目数は標準区画と同じでそれぞれ株数を減らし、料金は33,000円(税込)とした。

8区画の内訳は、昨年までの既存利用者のうち3名がハーフ区画を選択した。さらに、今年度は応募者多数で用意できる標準区画が足りなかったため、5区画を新規利用者用に充てた。標準区画に空きが出れば、ハーフ区画から標準区画に移ることもできる(図表6)。

《図表6 2022年度作付計画》
(標準区画)
(ハーフ区画)

チャレンジ区画

利用者が経験を重ねる中で、共通の作付計画とは異なる野菜を栽培したいというニーズに応えて、今年度から新たに「チャレンジ区画」を用意した。これは、事前に利用者の要望を聞いたうえで一部品目を変更することや、冬期間も栽培することを可能としたもの。知識があまり無い中での利用者からの要望もあるため、実際に栽培可能なものをアドバイスしつつ調整する。

種苗は農園から提供し、それぞれの月別予定表も作成して双方が持つ。農園側から変更部分についての講習は行わないが、利用者からの相談には応じる。面積は標準区画と同じ20m²で、料金も試行的に今年度は同額に据え置いた。

チャレンジ区画を選択できる利用者は、少なくとも1年以上通常区画での経験がある人を対象とし、今年度は10区画設置した。

5.利用者の特徴と変化

利用者の年齢層は幅広く、その中でも主な属性は中高年夫婦と子育てファミリー層が中心となる。初年度においては、小さいお子さんのいる子育てファミリー層の継続利用が少なかったが、近年は継続率が高まっており、当初心配した小さいお子さんによるトラブルもほぼ無い。

一方団体利用については当初、保育園、自動車ディーラー、大学のゼミと3つの団体利用があったが、その後いずれも退会し、現在団体利用者はいない。保育園の場合、普段の農作業が保育士さんたちの負担になってしまったことが主な理由で、他の2団体はコロナ禍の影響を受けて退会した。ただし、自動車ディーラーから参加していた1人は現在も個人として利用を継続している。

6.農園の運営体制

家族3人の体制

当農園の運営は親子3人体制で、例えば栽培講習会では、最初の説明は礼子さんが、次に実演指導は賢弥さんが主に行う。講習会後の個別指導は3人がそれぞれ巡回して行っている。
栽培講習会の資料は、もともと礼子さんが手書きで作成していたが、昨年から俊雄さんがワープロで作成するようになった。

栽培講習会以外の指導等については、賢弥さんがLINEで連絡を受けて、可能な範囲で対応している。
また、俊雄さんは、もともと土木関係の仕事をしていたこともあり、区画割の図面の作成から、トラクターでの耕耘や施設・設備の整備など、農園のハード面について主に担っている。

今年度90区画と利用者が増え、栽培講習会も同じものを5回開催するなどの負担が増えたものの、以上のように家族3人がそれぞれの役割を持って協力して運営している。

利用者の協力等

開設から年数が経過するに伴ってベテラン勢も増えており、開設当初からの5年目の利用者が17区画、3年目以上の利用者は30区画以上となっている。

園主家族と利用者、利用者同士の親密度も年々高まっており、良好なコミュニティが形成され、農園運営が上手く機能している。

種まき用の種の仕分けや麻ひもやテープなどの事前準備を利用者が手伝っており、草むしりも利用者が頻繁に行っているので、ほとんど問題となっていない。一時的に雑草が増えてきた時は、講習会の際に、例えば10分間草むしりの時間をとるなどして、一斉に行っている。

その他にも、手伝ってほしいことを掲示板に記載するなど声掛けすれば、何人もの人が手伝ってくれる関係が築けている。

栽培指導についても、今のところ家族3人で間に合っているものの、その適正があると見込んでいる5年目のベテラン利用者の1人に、手伝ってもらうことも検討している。

また、コロナ禍となってからは制限があるものの、イベントでも利用者の活躍を期待している。利用者が様々な職業や得意分野を持っているので、それらを活かしてイベントで役割を担ってもらうことも検討しており、これまでもその一部は実施している。

7.栽培講習等の運営内容

栽培講習会

同じ栽培講習会の開催回数を、昨年までの3回から今年度は5回に増やした。原則土日にそれぞれ午前午後の2回ずつ、そして月曜日に1回開催する。5回に増やした理由は、1つはコロナ禍で密を避けるためであり、もう1つは、駐車可能台数が限られることから車での来園を分散するためだ。今のところ参加者は適度に分散しており、駐車可能台数の範囲内で収まっている。
栽培講習会は雨天でもハウス内を使って、ほぼ予定どおり開催している。ただし、参加率は低くなり、実際の作業を行えないため、特に初心者等には講習会日以外の来園時にフォローが必要になる。

《栽培講習会での園主からの説明》

栽培方法

有機栽培とは謳っていないものの、なるべくそれに近い方法を探りながら行っている。特に農薬は有機JASで使用可のものを基本として、病害虫が実際に発生して被害が大きくなると予測される場合に、適宜判断して必要ならばその他の強い農薬を使用することもある。やむを得ず強い薬剤を使用する場合は、農園利用者とも相談したうえで、園側で散布することもある。

これらの栽培方法については現在のところ、礼子さんや賢弥さん、あるいはJAの農業技術顧問それぞれの見解があり、模索している段階でもある。

栽培品目

毎年暮れ頃に、今後栽培したい野菜の要望を聞いており、なるべく要望に応えている。こうして要望に応える中で、初年度年間20だった品目数は、今年度コンパニオンプランツを含めると30品目まで増えた。さらに、今年度から新たにチャレンジ区画を提供することで、利用者の選択可能な自由度を高めるなど多様な要望に応えている。

共同区画

共同区画では例年、とうもろこし、ジャガイモ、サツマイモの3種類を栽培している。種まきや定植、収穫などの作業は、栽培講習会と同じ日に時間を決めて、利用者が共同で作業する。

収穫については、それぞれ収穫可能な数を決めて、各々が収穫できるようにしている。
その他、共同区画ではないが、園主等が栽培しているものを、利用者が料金を払って収穫しているものもあり、特にオクラが人気となっている。

イベント

コロナ禍になる前は、春の交流会、夏祭り、収穫祭、新年会と季節ごとにイベントを開催し、その他料理教室やフラワーアレンジメントなど、園主の礼子さんを中心に、利用者に楽しんでもらえそうなことを次々に発案し、実施してきた。筆者の知る限りで、最もイベントが盛んな体験型農園の1つと言える。

しかし、コロナ禍となって以降、飲食を伴うイベントの実施が難しくなったため、昨年はみかん狩りを行い、今年も予定している。

今年は、夏祭りを予定しているが、新型コロナの感染状況を見つつ、実施の有無や実施方法を判断する。BBQは難しいかもしれないが、感染対策をとりながら、なるべく実施したいと考えている。

コロナ前のようにはイベントを開催できていない状況にあっても、講習会や日々のやりとりを通じて、利用者とのコミュケーションは十分にとれている。

JAの営農指導

JAはだのでは、定期的に農業技術顧問が来園し、園主への技術的な指導をしている。開園当初は、作付計画から栽培指導方法についても相談し、特に開園当初は利用者への栽培指導の大きな後ろ盾となった。現在も顧問は定期的に来園しているが、最近は指導を受けるよりも園主らが褒めてもらうことが多くなった。

8.体験型農園の新規開設等の参考に

名水湧く湧く農園は、筆者が開設前から最も深く関わってきた農園であり、思い入れが強いこともあるが、農家主体型体験型農園の優良事例であり、ぜひ機会があれば視察なども行い、多くの農家やJAに参考にしてもらいたい。

ただし、優良事例だからと言って、特にハードルが高いわけではない。昨年新規開設したある体験型農園の園主は、当初自ら開設・運営することに自信が無かったが、名水湧く湧く農園を視察したことで「自分にもできそうだと思った」と語っている。視察することで、農園開設を迷っている農家やJAの後押しになることを期待したい。

併せて、筆者が執筆した「体験型農園の開設・運営の手引き-改訂版-」(JA全中、令和4年2月発行)も参考として、体験型農園の新規開設や運営改善に役立てていただきたい。